映画のCG


スパイダーマン3を見に行った。
日曜日の仕事の空いた時間を利用して、映画を見に行こうと思い、一番近くのマルチプレックスの映画館にいった。
時間的にあった映画がスパイダーマンだったわけだが、すこし期待もあった。
「シリーズものはなぁ。」
と言う言葉をよく使うが、以外のほど面白かった。

スパイダーマンのアメコミを持っているが、漫画よりはるかに面白い。

ところで最近CGに関する映画監督やコメンテイターの発言が多く聞かれる。

「昔は、張りぼてジョーズが口をあけたら、のけぞったよね。」
「マトリクスなんて、屈伸運動してるんだろう。」

たしかにCGが使われることになれた僕らは、もう「ジュラシックパーク」をみても驚きもしない。ほんの12,3年前の映画だ。

いつも通うH理髪店では、映画がいつも流れている。めがねを取られた僕はもちろん映画をみることもできない。

「....耐圧深度をこえる。旧式のこれでは、だめだ.....」

案外、せりふで依然見た映画をおもいだすもの。

「日本沈没?」
「そうですよ。」

この映画、つまんなかったことで最近一番に思い出す映画である。


「ただいま」
「病院坂やってるよ。」
実家で妹が見ていた衛星放送の映画は市川昆監督の金田一シリーズの「病院坂の首縊りの家」であった。
病院坂は何度見ても気持ちいいのである。違和感のない映像、研ぎ澄まされた映像美。こっけいにも思える出演者のオーバーアクション。小気味よいジャズのBGM。

ふとこの二つを比べると、バランスが大事というのがよくわかる。
金田一シリーズは、時代設定に、昭和20年から30年代中盤が使われる。撮影は昭和50年代から60年代だ。(現在新シリーズもあるが...)
そのなか風景は撮影年代と違うものが多々あるが、これを「写さない」というほうほうで時代考証を表現している。

日本沈没では、映画の流れ上多くのCGが必要なのだろうが、少々控えることでもっと臨場感が出たのではないだろうか?
最近、ホラーの世界では密室でのスプラッター物やスリラー物が多いことに気づかれただろうか?
たとえば「SAW」シリーズなどがそうである。(しゃれでないよ)
これらの映画ではほぼCGがつかわれることがない。特殊メークアップのみですむ。バッグ処理もなく建物の中ですむのでやはり低コストにすむのである。
では日本沈没を舞台で再現してはどうだろうか?衣装も背景もなくてもしっかりした原作があれば成功する予測が立つ。

ということは、やはり使われすぎるCGよりほかに考えるバランスがあるのではないだろうか?

技術に固執することは必要だろう。きわめればよりよい結果を生み出すが、それをプロデュースする力が必要である。万博のNHKパビリオンでないのだから.....

この三つの映画を見てもらうと、映画っていろいろ作り方があるんだろうなと感心させられるとおもう。



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by nobuokajiokaivy | 2007-05-20 09:57 | 映画・演劇・本
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